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浦和地方裁判所 昭和59年(ワ)1004号 判決 1988年6月29日

原告 岩渕義信

右訴訟代理人弁護士 菊地一夫

被告 株式会社ニューヨーク・インターナショナル・エージェンシー

右代表者代表取締役 石黒磯松

右訴訟代理人弁護士 浅井洋

主文

一  被告は、原告に対し、金一五一万三七四〇円及びこれに対する昭和五九年八月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一八九万六〇四〇円及びこれに対する昭和五九年八月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、商品先物取引等を行う株式会社である。

2  原告は、昭和五九年四月四日、被告との間に次の内容の契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。

(一) 原告は、被告に対し、米国及び香港の商品取引所に上場されている商品について、原告のために売買取引を注文することを委託し、被告はこれを承諾する。

(二) 被告は、取引の都度個別的に、左記の事項についての原告の指示又は被告の勧誘に対する原告の承諾に基づいて右の売買取引を注文することとする。

(1) 商品の種類

(2) 限月

(3) 売付け又は買付けの区別

(4) 新規又は仕切りの区別

(5) 数量

(6) 成行き又は指値(及びその値段)の区別

(7) 取引の日、場及び節又は委託注文の有効期限

(三) 被告は、原告から委託を受けた売買取引が成立したときは、遅滞なく、書面によりその明細を原告に通知する。

(四) 原告は、右通知を受けた場合に、これに異議があるときは、遅滞なくその旨を被告に申し出る。

(五) 原告は、委託した売買取引を転売し又は買戻しにより決済したときは、約定の委託手数料を被告に支払う。

(六) 原告は、売買取引委託の担保として、速かに被告に対し、委託証拠金一〇〇万円を預託する。

(七) 売買取引の全部又は一部が転売、買戻し若しくは受渡しの実行により完結し、委託証拠金の全部又は一部について預託の必要がなくなり、原告がその返還を請求したときは、被告は、請求を受けた日から起算して一〇営業日以内にその委託証拠金を原告に返還する。

(八) 被告は、原告の委託に基づいて行った売買取引に係る商品について、原告の指示又は承諾により転売若しくは買戻しをしたときは、その約定値段により差損益金を計算し、原告との間でその受払いを行うものとし、原告が益勘定となったときは右取引の日から起算して一〇営業日以内に差益金を原告に支払い、原告が損勘定となったときは日時を指定して原告から差損金を徴収する。

3  原告は、昭和五九年四月一〇日、被告に対し本件基本契約に基づく委託証拠金一〇〇万円を預託した。

4  原告は、本件基本契約に基づき、同月四日、被告に対し、ニューヨークコーヒー三万七五〇〇ポンド(以下三万七五〇〇ポンドを一単位として「一枚」という。)の買注文を委託し、被告は、右委託に基づいてニューヨークコーヒー一枚(限月西暦一九八四年九月)を代金一四〇米ドル四〇セントで買い付けた。

5  原告は、昭和五九年五月一七日、前項の買付けに係る商品(買付玉)を売って損益を決済すること(手仕舞)を被告に委託し、被告は、同日右委託に基づいて右買付玉を一四六米ドル五〇セントで売却して手仕舞した。

この結果、五三万二三〇〇円の売買差益が生じた。

6  被告は、昭和五九年五月一八日、原告の計算によるものとしてニューヨークコーヒー二枚(限月西暦一九八四年一二月)を単価一四九米ドル八〇セントで買い付けた。

7  原告は、昭和五九年五月二三日、被告に対して前項の買付けを追認し、右買付玉を売付けして手仕舞することを委託し、同日被告は右委託に基づいて右買付玉二枚を単価一五四米ドル五〇セントで売付けして手仕舞した。

この結果、八一万三七四〇円の売買差益が生じた。

8  原告は、昭和五九年八月六日、被告に対し、委託証拠金及び売買差益金の返還を請求した。

9  よって、原告は、被告に対し、本件基本契約(七)の約定に基づき委託証拠金一〇〇万円、同(八)の約定に基づき前記5の売買差益金五三万二三〇〇円から委託手数料(買付分、売付分合計一五万円)を差し引いた残金三八万二三〇〇円及び前記7の売買差益金八一万三七四〇円から委託手数料(買付分、売付分合計三〇万円)を差し引いた残金五一万三七四〇円の合計一八九万六〇四〇円の支払を求めると共に、これに対する委託証拠金については弁済期の翌日、売買差益金については、いずれも弁済期の経過した後である昭和五九年八月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2は、その(八)のうち、売買差益金の支払日までの期間計算の起算日を「右取引の日」とする点を否認し、その余の事実はすべて認める。右起算日は、原告から請求のあった日である。

3  同3、4、5及び6の各事実はいずれも認める。

4  同7のうち、原告が被告に対し同6記載の買付けを追認したことは否認し、その余の事実は認める。右買付けは、原告の委託に基づくものである。

5  同8の事実は認める。

三  抗弁

1  被告は、昭和五九年五月二三日、ニューヨークコーヒー(限月西暦一九八四年一二月)を単価一五四米ドル五〇セントで二枚買い付け、昭和五九年五月三〇日、右買付玉二枚を単価一四三米ドル五〇セントで売付けして手仕舞した。右買付け、売付け及び手仕舞は、いずれも原告の委託に基づくものである。

この結果、一九一万八五三〇円の売買差損が生じた。

2  前項の買付け及び売付けに係る委託手数料は合計三〇万円である。

3  被告は、原告に対し、同月三一日発送の書面で、抗弁1記載の売付けにより、一九一万八五三〇円の売買差損が生じ、これに委託手数料三〇万円を加えると二二一万八五三〇円のマイナスとなるが、前回までの利益金が八九万六〇四〇円あるので、これらを差引計算する旨通知した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、買付け及び売付けについ原告の委託があったことは否認する。

2  同2の事実は否認する。

3  同3のうち、被告が原告に対し、昭和五九年五月三一日発送の書面で、抗弁1記載の売付けにより、一九一万八五三〇円の売買差損が生じ、これに委託手数料三〇万円を加えると二二一万八五三〇円のマイナスとなるが、前回までの利益金が八九万六〇四〇円あるので、これらを差引計算する旨の通知をし、右通知がその頃原告に到達した事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因について

1  請求の原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2  同2の事実は、その(八)のうち、売買差益金の支払日までの期間計算の起算日を「右取引の日」とする点を除き、すべて当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右期間計算の起算日は被告主張のとおり「原告から請求のあった日」とされていたことが認められる。

3  同3の事実は当事者間に争いがない。

4  同4、5の各事実についても、当事者間に争いがない。

ところで、《証拠省略》によれば、被告は海外商品市場における先物取引の受託等を業として行う株式会社であること、本件基本契約の内容は前記認定説示の請求原因2のとおりであるが、原告と被告とは、その契約当時、被告が原告から、アメリカ合衆国ニューヨークに所在するコーヒーココアアンドシュガー取引所におけるコーヒー豆の先物取引の受託等を行うことを目的としてその契約を締結したものであることが認められるので、被告は海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律にいわゆる海外商品取引業者であり、本件基本契約は同法にいわゆる海外先物契約であり、本件基本契約については同法による規制を受けるものであることが明らかである。

そこで、同法との関連において請求原因4、5について検討するに、同法八条一項本文は「海外商品取引業者は、海外先物契約を締結した日から一四日を経過した日以後でなければ、当該海外先物契約に基づく顧客の売買指示を受けてはならない。」と規定しており、右規定に違反して行われた顧客の売買指示により、海外商品取引業者がした売付け、買付け等については、同条二項が「……当該海外商品取引業者の計算によってしたものとみなす。」と定めている。そして、同法は、一般大衆と海外商品取引業者との間に専門的知識及び経験上の格差があることを前提として、両者間の実質的公平を目指し、海外商品市場における先物取引の委託者の保護を図る趣旨の下に制定され、また、同条は、商品取引に無知の者が海外商品取引業者の甘言に乗せられて、十分な検討を行わないまま取引に参加してしまうことが多い実情にかんがみ、海外先物契約を締結してから一四日を経過した日以後でなければ、海外商品取引業者は顧客の売買指示を受けてはならないこととし、顧客が安易に取引に参加することを防ごうとする趣旨を明文化したものと解されるので、同条によれば、同条一項に違反して行われた売買指示に基づく業者の売付け、買付け等は同条二項によって業者の計算においてされたものとみなされるばかりでなく、当該買付け等の委託契約自体が当然に無効であると解するのが相当である。このことは、同条一項に違反した委託契約により、顧客が益勘定となった場合であっても異ならないというべきである。これを本件についてみると、原・被告間で本件基本契約を締結したのが昭和五九年四月四日であることは前示請求の原因2のとおりであるところ、原告は、同4のとおり即日被告に対してニューヨークコーヒー一枚の買注文を委託したのであるから、右説示に照らし、その買付委託契約は、同条一項に違反するものであって、当然に無効である。また、売付委託契約及び手仕舞は、その基礎となる買付けが有効な買付委託契約に基づいて行われたものであることが当然その前提であるから、前示請求の原因5の売付委託契約及び手仕舞は、右のとおり同4の買付委託契約が無効である以上、やはり無効である。

したがって、同4、5を前提とする売買差益金請求権は、その発生を肯認するに由ないものといわねばならない。

5  同6の事実は当事者間に争いがない。

6  同7について判断する。

原告は、昭和五九年五月二三日、被告に対し、請求の原因6による買付玉を売付けして手仕舞することを委託したこと、同日被告は右委託に基づいて右買付玉二枚を単価一五四米ドル五〇セントで売付けして手仕舞したこと、これにより八一万三七四〇円の売買差益が生じたことは、いずれも当事者間に争いがない。なお、原告が右のとおり被告に対し、請求原因6による買付玉につき手仕舞の委託をしたことのほか、《証拠省略》によれば、原告は、これより先、同6の買付けについて被告から売買報告書の送付を受けた際にも、被告に対し特段の異議を述べなかったばかりか、被告代表取締役である石黒磯松から電話を受け右買付玉を売付けして手仕舞することを勧誘されたのに対してもこれに応じて前記の手仕舞委託に及んだことが認められ、他に特段の事情は存しないので、これらの事実からして、原告は被告に対し、同日ころまでに請求の原因6の買付けを追認したものと認めるに十分である。

したがって、右各事実関係から、原告は被告に対し、同7の売買差益金の支払請求権を有するに至ったことが明らかである。

7  同8の事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁について

抗弁1のうち、被告が、昭和五九年五月二三日、ニューヨークコーヒー(限月西暦一九八四年一二月)を単価一五四米ドル五〇セントで二枚買い付け、右買付玉二枚を同月三〇日、単価一四三米ドル五〇セントで売付けして手仕舞したことは、成立に争いのない《証拠省略》により、いずれも認めることができる。

ところで、《証拠省略》それぞれのうち、右買付けは原告の委託に基づくものであることを肯定する趣旨の各供述部分は、いずれもあいまいかつ不明確な点が多い上、右同日の買付けは、それに相応する委託証拠金に不足が生じているのに、原告に不足分の追加預託をさせることもないまま行われたことに徴し、また、右各供述部分に反する《証拠省略》に比照してにわかに信用することができず、他に右委託の事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、抗弁は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がなく、採用することができない。

三  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、委託証拠金一〇〇万円並びに売買差益金五一万三七四〇円及びこれらに対するそれらの支払請求をした日から一〇営業日経過後の昭和五九年八月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥平守男 裁判官 栗栖勲 合田智子)

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